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日本のメディア産業、ポップカルチャーの礎を築き、時にお上に目を付けられても面白さを追求し続けた人物“蔦重”こと蔦屋重三郎の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK総合、日曜午後8時ほか)。ドラマが展開していく中、江戸時代の暮らしや社会について、あらためて関心が集まっています。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生がドラマをもとに深く解説するのが本連載。今回は「江戸の庶民が励んだもの」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!
『べらぼう』<これは子どもに見せられない>と思った瞬間、画面に映ったのは…
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江戸時代の人口
さて『べらぼう』の舞台となる江戸時代。
戦のない平和な時代の中で、人口が増大したことを前回お話ししました。
1600年に1200万人だった日本列島の人口は、1700年までになんと2500万人になりました。
ではその後は?
そのあとは人口の伸びは鈍化し、江戸時代の終わりまでは3000万人くらいになったといわれています。つまり江戸時代というのは、3000万人を養う社会システムだった、とも言えるでしょう。
さらに言えば、人口がこれ以上になるためには、明治維新を迎える必要があった、ということです。
平和な時代に庶民が積極的に始めたこと
ともあれ、江戸時代に世の中が平和になったために、庶民は安心して子を産み、育てるようになった。
本郷先生のロングセラー!『「失敗」の日本史』(中公新書ラクレ)
平和な時代になって、庶民が始めたことが実はもう一つあります。それが<勉強>です。
今日生きられるか、明日生きられるか。
そんな苛酷な状況下では、人は勉強なんてしません。ですが、平和な世の中が到来したら話は別。
5年後、10年後、自分は何をしているんだろう? 自分の可愛い子どもたちは、どんな人生を歩むんだろう? もっと生きる可能性を広げたい…。
そうなれば、人々は勉強をはじめます。
江戸時代の庶民はどんな勉強をしたのか
では江戸時代の庶民はどんな勉強に励んだのでしょうか?
まずは「読み」「書き」、それに「そろばん」ですね。
これさえ身につけておけば、たとえば商家に就職できるかもしれない。大工さんになったとしても、手間賃をごまかされることもなくなるでしょう。
勉強したことで、よりしっかりと生きていけるわけです。
それが分かっているから「じゃあ、寺子屋に学びに行くか」となるわけです。
世界一の“識字率”に
寺子屋の先生は、はじめ浪人が多かったようです。主家がつぶれて生活に困った武士が寺子屋の師匠をしていた。
ですが次第に、町人の先生も増えていきます。女性の先生もいたようです。
なお月謝というのはとくになくて、入学のとき、季節の変わり目などに付け届けをすれば良い。いわゆる「束脩(そくしゅう)」というやつです。
これは中国では干し肉のことを指したようですが、日本だと何に当たるのでしょうね。現代ならハムが良いのかな。
一方で、識字率。
ネットなどを見ていると、江戸時代の識字率について70%とか80%とか、ものすごく高い数字を書いたものがありますが…。
いくらなんでも無理があります。
幕末に平均して20%台の識字率があったようなので、江戸時代でもそのあたりが妥当ではないでしょうか。それでも当時“世界一”の識字率であったことは間違いありませんが。