山村竜也歴史作家、時代考証家
浮世絵女性(提供:イメージマート)
2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」がスタートし、今日は第3話「千客万来『一目千本』(ひとめせんぼん)」が放送された。この記事では本作の時代考証をつとめる山村竜也が、毎回の内容や時代背景について解説していくので、一年間よろしくお付き合いください。
名人・北尾重政と組む
本作は「江戸のメディア王」といわれる蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)を主人公とした物語であるが、安永3年(1774)1月の「吉原細見・嗚呼御江戸」の編集に関わったあと、いよいよ自分で本を出版することになる。
それが同年7月に刊行された「一目千本」である。一目千本とは、一目で千本の花を見渡せるという意味で、吉原遊郭の遊女を列挙して紹介したガイド本だった。
蔦重が絵師に選んだのは、「近年の名人なり」(「浮世絵類考」)と評判をとっていた北尾重政。のちに喜多川歌麿にも大きな影響を与えた美人画の名手だ。
この北尾重政が、蔦重初めての本の挿絵を手がけることになったわけだが、『一目千本』には驚くべき特徴があった。それは、遊女の姿をそのまま描くのではなく、彼女らを生け花の「花」に見立てて個性を紹介するという凝った作りになっていたのである。
具体的にはどういうことかというと、「べらぼう」第3話では蔦重と重政はこんな会話をしていた。
重政「ツーンとしてる女郎は、わさびの花とか」
蔦重「夜冴えないのは昼顔とか」
重政「無口なのはクチナシな」
蔦重「文ばかり書くカキツバタ」
思いつくままに遊女の個性を花になぞらえて、二人ともすっかりノリノリで本が作られたのだった。
「一目千本」国文学研究資料館所蔵
本屋では売らない「一目千本」
蔦重初めての本「一目千本」には、もう一つ大きな特徴があった。それはガイド本に載りたい遊女たちからあらかじめ資金を集め、制作費はその入銀(出版予約金)によってまかなわれたことだ。
実はそのように明記した記録はないのだが、「一目千本」は書店で売られた形跡がないため、非売品として配布された本と見るのが妥当とされている。当時の蔦重にはまだ出版にかける資金がなく、それを逆手にとった作戦であるとすれば、蔦重の商売センスが早くも発揮されたということになるだろう。
そして、この本を見た市中の男性たちは、「わさびに見立てられた亀菊というのはどんな女なのだろう」「くずに見立てられた志津山とは」などと想像力をたくましくさせ、気になった遊女に会うために吉原に足を運ぶようになる。蔦重の戦略は見事に成功したのだった。
それにしても、蔦重から入銀の誘いを受けた花魁の常磐木が、
「また腹の上で死ぬ男を増やせって?」
といって視聴者をドキッとさせ、猛毒のトリカブトに見立てられたあと、本当に客が「うっ」とうめいて常磐木の上で腹上死するシーンは凄かった。
今後も、「べらぼう」からは目が離せないようである。
歴史作家、時代考証家
1961年東京都生まれ。中央大学卒業。歴史作家、時代考証家。江戸時代・幕末維新史を中心に書籍の執筆、時代劇の考証、講演活動などを積極的に展開する。著書に『蔦屋重三郎~江戸のメディア王と世を変えたはみだし者たち』(監修、宝島社)、『幕末維新 解剖図鑑』(エクスナレッジ)、『世界一よくわかる幕末維新』『世界一よくわかる新選組』(祥伝社)、『幕末武士の京都グルメ日記』(幻冬舎)など多数。時代考証作品にNHK大河ドラマ「新選組!」「龍馬伝」「八重の桜」「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、NHK時代劇「雲霧仁左衛門」「広重ぶるう」、映画「HOKUSAI」、アニメ「活撃 刀剣乱舞」など多数がある。